目次ほたる 「記憶のはしっこ」#7
7 Photosモデル・ライターとして活動する20歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の7回目です。
目次ほたる 「記憶のはしっこ」#7
7 Photosモデル・ライターとして活動する20歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の7回目です。
近所に佇むカーブミラーが、今日はドレスを着ていたので、撮ってみた。
なんだか楽しそうな雰囲気をしていたから、思わず一緒に踊りそうになったけれど、さすがに道路の真ん中でいきなり踊り始める女は奇妙で怪しすぎる。
「もしも通報されたらどうしよう」と想像してしまった。
私の中に残った、小指の爪の先ほどの理性と社会性によって、この写真を残すことができたのだ。
もしも、20歳くらいの若い女が、突然町中で踊り始めるところを見かけたら、それはプロポーズのために用意されたフラッシュモブか、理性なくカーブミラーと一曲踊ってしまった私の、どちらかだと思って、どちらにしても通報せず静かに通りすぎてほしい。
女の美への探求は、あまりに地道で空虚だ。
私はそんなことを思いながら、今日も朝から美容に良いとされるドブのような味のスムージーと、何種類もあるビタミンを飲み下した。このあとは、効くのかもわからない化粧水を顔に塗りたくる工程が待っている。
鏡の前で30分ほど格闘しながら、光る粉やベージュの液体、マジックペンのような道具で、顔面を塗装し、髪の毛もそれなりの形に固めた。
丁寧に管理したワンピースをまとい、血流が滞るのではないかと懸念されるストッキングを履く。さらにその上から、およそ人間の足には慣れないだろうハイヒールを履いて、一日を過ごすのだ。
この生活に不満はない。けれど、こんなことを、頼まれてもいないのに続けている自分が、たまに恐ろしくなる。この地道な探求の先には、一体なにが待っているのだろうか。
こんなに分厚いキッシュは久しぶりで、とても嬉しかった。
フカフカのキッシュは、卵が見た夢の味がする。
誕生日プレゼントに、憧れの女性から青い薔薇の花が届いた。
本物の青い薔薇を見たのは初めてで、「わぁっ」と声をあげて驚いた。
なぜ、そんなに驚いたかというと、私は青い薔薇は作れないものだと記憶していたからだ。
急いでスマホを開いて調べ始めた。
たしかに、かつて青い薔薇の開発は科学技術をもってしても不可能だと言われていたらしい。だから、青い薔薇を意味する言葉「Blue Rose」は、「ありえないもの」「不可能」という意味で使われていたそうだ。
しかし、2002年、日本企業がついに青い薔薇の開発に成功したと書いてあった。最初は薄いブルーの色しか出なかったが、技術が急速に更新され、こんな真っ青な薔薇の花を作れるようになった、と。
だから、本物の青い薔薇につけられた花言葉は「夢が叶う」「奇跡」。昼の温かい光を浴びた海のような、その青色は、人が不可能を可能に変えた証明だったのだ。私の憧れの人は、それを知っていて送ってくれたという。
その日、青色が私のなかで特別な色に変わった。
絵描き歌というのは素晴らしい。ただ歌を歌いながらその通りに描いていれば、誰でもそれなりの絵が描ける。あれは世紀の大発明だと思う。でも、生きていると絵描き歌のように上手くいくことはあまりない。
歌と現実には、いつだって齟齬が生まれるからだ。
「まーる描いて、ちょん」じゃ、絵はすべて違う、何か歪なものが出来上がる。
本当は、一人ひとり、専用の絵描き歌が必要なはずなのに。
木漏れ日の中に 答えを求めては 小指でなぞる記憶のはしっこ。
撮影・文 目次ほたる