目次ほたる 「記憶のはしっこ」#9
8 Photosモデル・ライターとして活動する20歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の9回目です。
目次ほたる 「記憶のはしっこ」#9
8 Photosモデル・ライターとして活動する20歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の9回目です。
久しぶりに公園へ遊びに行くことにした。
というのも、私の仕事はどれも家の中で完結するものばかりで、夕飯の買い物やちょっとしたウォーキング以外で、あまり外に出ることがないからだ。
なぜかはわからないけれど、人は定期的に外に出て空気を吸って太陽光に浴びないと、ちょっと気持ちがおかしくなる。自意識が膨らむというか、ひどく傷つきやすくなるというか。
だから、誰かが遊んでいるような公園に行きたくなって、散歩をしに行った。
公園に着いて、大きな広場に出ると、何組かの親子が遊んでいるのが見える。
野球をしたり、フリスビーを投げたり、遊具に登ったり。
やっていることは違っても、皆んな同じくらい楽しそうに笑っていた。
私の両親は、私が小さい頃から共働きで、しかも自営業を営んでいたから忙しく、遊んでもらえることは少なかった。
姉妹がいたから、寂しいことはなかったけれど、休みのたびに旅行に行く友達のことがずっと羨ましかった。
一度だけ、家族で遊園地に連れて行ってもらった記憶がよみがえる。
コインを入れると動くパンダの形をした乗り物に、私が駄々をこねて乗りたがった。すると、母が笑いながら、私を乗せてくれたのだ。その乗り物は小さなハンドルを回すと、方向転換ができる仕組みだったはずだけど、私はそれがわからなくて、結局うまく乗りこなせなかった。
母が私に、あのとき何を言っていたのかは、もうまったく覚えていない。
でも、カラフルな遊園地の乗り物と、家族が笑っていた顔がどこかぼんやりとしたモヤを被って、いつまでも残っている。
今のカメラを使い始めて、3ヵ月が経とうとしている。
この連載も、もう9回目。次は10回目かと思うと、びっくりだ。
そういえば、このまえ、noteというサイトで「カメラを向けた世界はどこまでも奇跡だった。」という題で、エッセイを書いた。
写真を撮るのがあんまり楽しいから、それを伝えたかった。
仕事中の移動時間でほとんど勢いだけで書いた、個人的な文章だ。
けっこうご好評をいただいて、ちょっと嬉しかった。
「撮ること」を言葉にするのは、思ったよりも容易で、スルスルと毛糸玉を引くように2000字余りを書き終えた。
でも、それは私がまだ撮ることの表面しか知らないからかもしれない。
せっかく、言葉と写真、2つの表し方を知っているのだから、これからももっと写真を撮ることの楽しさを伝えていけたら良いなと思う。
なんてことない散歩道が、絶景に変わるのは、カメラを持って歩く醍醐味。
タコライス。毎回、野菜をのせすぎて、お肉が見えなくなる。
私のTwitterアカウントのDMに毎日、日記を送ってくれる人を募集した。
「こいつは何を言ってるんだ」と思われるかもしれないけど、本当に募集した。
しかも、1年以上続けてくれる人限定で。
あまり人に会うことがないから、顔も知らない誰かの日常を少し覗いてみたかったのだ。
すると、希有な2人が集まって来てくれて、本当に、毎日欠かさず日記を送ってくれている。人の日記を読むなんて、人生で一度もない体験だから、送られてくるそれを読むことが日々の楽しみに加わった。
「もう二度と会えないんだろうな」というような予感はだいたい的中する。
予感なのか、相手が自分から離れたいと思っていることを頭のどこかで察知しているのかはわからないけれど、とにかく、私はそうやって会えなくなった人を少なくとも3人は覚えているのだ。
夜の12時になって、突然LINEの通知が鳴った。
送り主を確認せずに開くと、「おめでとう」の一言を添えられて、スターバックスのコーヒー券が表示されている。最近のLINEは便利で、メッセージ上でモバイルギフトを簡単に送れるようになっているのだ。
ずいぶん遅れた誕生日プレゼントだな、と思いながら、送り主を見ると、ちょうど2年前に「もう二度と会えないんだろうな」と思っていた人だった。
「久しぶり」も「元気にしてた?」もなく、ただ「おめでとう」と来ていたから、
こちらも「ご無沙汰してます」も「お元気ですか?」もなく、ただ「こんばんは。ありがとうございます」とだけ返した。
夜が少し、長くなりそうな予感がする。
この前、初めて人を撮った。
スマホで軽く友人を撮ることはあったけれど、カメラを使って、ちゃんと向き合って人を撮るのは、初めてだった。
昔、一度だけポートレート写真を撮ってもらったプロのフォトグラファーさんが、
「僕はポートレートを撮るとき、カメラ越しでその人の目を見るのが苦手なんだ。恐ろしくてさ」
と言っていたのを思い出した。その時は、彼が「恐ろしい」と言っていた意味がわからなかったけれど、実際に撮ってみると少しわかった気がした。
カメラを通して見る人間は、どこか生々しくて、それと目を合わせるのは、確かに少し、怖いことなのかもしれない。
撮影・文 目次ほたる