目次ほたる 「記憶のはしっこ」#11
8 Photosモデル・ライターとして活動する20歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の11回目です。
目次ほたる 「記憶のはしっこ」#11
8 Photosモデル・ライターとして活動する20歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の11回目です。
我が家に新しい同居人が訪れた。
頭の上に大きな耳を生やして、毛をフサフサとさせながら、長い尻尾を揺らす同居人だ。
彼女は、どうやら野良猫である親に見捨てられて、知り合いの家の庭に住み着いてしまっていたらしい。それを見かねた家族が貰い受けてきたのだった。
家族のお腹の上で、小さな命が眠る姿は、あまりに愛おしい。
「私が絶対幸せにしてやるからな」と挑戦的な宣言をして、彼女の頭を撫で回した。
金木犀の香りが、街中を満たす季節が訪れた。
空も風も人々も、夏の熱を忘れて、花の香りに安堵するこの季節が、私は一番好きだ。できることなら、秋に長期滞在していたい。秋専用のビザをとってもいい。
秋空を見上げながら、猫が顔を洗っていたので、「気持ちがいいね」と話しかけてみる。
すると、少しだけこちらに視線を向けて、「にゃあ」と一言答えてくれた。
※「にゃあ」と答えたところは捏造です。本当は無視されました。
茨城のお魚市場へ遊びに行った。
海鮮丼の値段が衝撃的で、あまり記憶がありません。
久しぶりに映画を観たくなって、友人と二人で映画館に足を運んだ。チケットを発券して、館内に入って、少し驚く。密を避けるために席の半数が使用不可になっており、強制的に1席ずつ空けないと座れないようになっていたからだ。
「そうか、そういう時代か」と友人と顔を見合わせながら、しかたなく、ひとつ飛ばしで席に着いた。
映画館は不思議な空間だ。上映時間に合わせて箱のような部屋に入り、電気を消し真っ暗にして、大勢が一斉に同じ作品を見る。たまに顔も知らない誰かの笑い声が聞こえてきたり、クライマックスに進むにつれ、泣いて鼻を啜る音が聞こえたり。皆が別々に抱いた感情を同じスクリーンに向ける。
映画を観ながら友人が、私の膝に置いたポップコーンに手を伸ばしてきて、ふと目があった。
「離れてると、ちょっと寂しいね」
2人で小さく頷きあって、スクリーンに目を戻した。
700円のドリンクセットについてきたキャラメルポップコーンは、いつもと変わらなく甘い。
夏の終りに、家族と一緒にバーベキューをした。
私は大勢の人の集まりが苦手で、知人に誘われたバーベキューを始めとしたイベントはほとんど断ってしまう。だから、バーベキューをすること自体、ずいぶん久しぶりだ。
愛してやまないエビを焼いたから、せっかくなので写してみた。
私がよだれを垂らしながら焼かれるエビを見ていると、家族に
「ほたるはエビアレルギーになったら発狂しそうだね」
と言われた。縁起でもないことを言うもんじゃない。
しかし、本当に自分がエビアレルギーになったらと想像して、ゾッとする。
もうあの味が味わえないと思うと、本当に縁起でもない。
友人から頼まれて、音楽家の先生の事務作業を手伝いに行くことになった。
(私の先生ではないのだが、なんとなく先生と呼びたくなる方なのだ)
「書類のスキャン作業を手伝ってくれる人を探してたんです」
そう言われて、先生に教えてもらいながら、書類を次々にスキャナーにかけていく。
渡された紙の束を、私が何の気無しにめくっている隣で、先生がスキャナーの周りの埃を拭っていた。
「仕事をするっていうのはね、ほんの一手間が大事なんだよ」
先生がそう言いながら、隅々まで拭きあげる。
「でも、この一手間をみんな惜しむ。もったいないんだ」
「一手間、ですか」
先生の言葉を復唱してみると、自分が過去に怠ってきた「たくさんの一手間」が脳裏に蘇ってくる。
「若い女の子にこんなこと言うと嫌われちゃうかもしれないけどね、まあ、覚えておいてよ」
先生がそう言い終わるころには、埃はすっかり無くなっていた。
20歳になったので、近所のベトナム料理屋さんで、母と初めてお酒を飲んだ。
私は苦いのが嫌だったので、マンゴー味の甘いビールを選ぶ。
すると、母は私につられて、グァバ味のビールを頼んでいた。
しかし、思ったよりもそれが甘かったらしく、母は「これは甘すぎる」と呟きながら、ビールよりも苦い顔をしていた。
撮影・文 目次ほたる