目次ほたる 「記憶のはしっこ」#15
8 Photosモデル・ライターとして活動する20歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の15回目です。
目次ほたる 「記憶のはしっこ」#15
8 Photosモデル・ライターとして活動する20歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の15回目です。
家で猫を飼い始めてから、野良猫に遭遇する機会が増えた気がする。
気のせいかもしれないけれど、カメラの中身を見返せば、いつも外で猫を撮っているのだ。
そういえば、私はこの連載を始めてから、特殊能力を1つ手に入れた。
それは、「野良猫にひっそりと近づき、至近距離で撮影できるようになる能力」だ。
息を止め、相手の警戒心を解きながら、シャッターを切る。
きっと、もうすぐ忍者になれる。
お散歩中、近所に気になるカフェを見つけたから、せっかくなので立ち寄ってみることにした。
木製の扉を開けると、少し冷えた身体に部屋の暖かさが伝わってきて、指先からじんわりと沁みた。
店内を見回すと、テーブル席が2つと、カウンター席が4つあり、私はカウンターに案内された。カウンターは、ヒノキで作られているらしく、森林を思わせる柔らかい香りがする。
目の前の窓からは、中庭が見えた。
(こんなに素敵なカフェ、今までどうして見つけなかったんだろう)
この辺りはずっとお散歩していたはずなのに、一度も目にしたことがなかったから不思議だ。
外を見ながらボーッとしていると店員さんが注文を聞きに来たので、私はメニューに書かれた「きのこクリームのハンバーグ」を頼むことにした。
店員さんは初老の女性と、まだ若そうに見える女性の2人で、テキパキとキッチンで腕を振るっている。親子なのだろうか。
窓の外の中庭には、たまに野良猫が遊びに来たり、店員の女性がハサミを持って何かを摘んでいるのが見えたり。
なんだかこの場所だけ、時間の流れがゆっくりになっているようだ。
少し待って運ばれてきたハンバーグは、人の手で丁寧に作られたことがわかるような懐かしい味がして、美味しかった。
新しい場所との出会いは、新しい時間を届けてくれる。
ワゴンセールが好きで、スーパーに置かれた安売りのワゴンは、必ず見てしまう。
商品に「◯◯%OFF」と書かれたシールが貼られているだけで心が躍るし、「%OFF」の前に付く数字が大きければ大きいほど、躍りは激しくなるばかり。
そして、おおよその場合、ワゴンに詰められたうちの一つくらいをレジに持っていってしまうから、私はワゴンセールを発明した人にとって、理想的な存在だと思う。
私のよく行くスーパーは、そんなワゴンセールが店内の2〜3箇所に設置されている。
だから、行くたびにちょっとしたテーマパークにいるような気持ちになるのだ。
この前も、ワゴンセールで叩き売られていた謎のカップラーメンを買った。
「うま辛!」と書かれた赤いパッケージには「75円」と印刷されたシールが貼られて、同じようにセール価格をつけられたカレー粉や、スナック菓子だのと一緒に、無造作に積み上げられていた。それを、持っていた買い物カゴになんとなく放り込んでしまったのだ。
ワゴンセールで買ったものは、あまり良い商品では無い。というか、はっきり言えば微妙なことが多い。そもそも売れなかった商品たちなのだ。隠れた銘品には、そう簡単には出会えない。
その「うま辛い」と謳うカップラーメンも、案の定、唇がヒリヒリとするほど辛いだけで、うまいとは言えなかった。
あのワゴンに、当たりくじはなかったのかもしれない。
それでも私は、今日も何かに取り憑かれたように、セールと書かれたワゴンの中身を、じっと見つめるのだ。
ふと、「今のうちにやっておきたいことはなんだろうか」と考え始めている。
日々を当たり前に生きていると、当たり前ばかりに思考が奪われて、非日常に踏み込む勇気が、なだらかに削られていく気がしたのだ。
だから、メモ帳にやりたいことを書き出してみた。
一人旅、着物を着た撮影がもっとしたい、作品集を作りたい、フィルムカメラを買いたい、お気に入りの芸術家をもっと見つけたい。
そんな小さな願いが、紙面を埋め尽くしていく。
皆さんが、今のうちにやっておきたいことは、なんですか?
囚われのふたり。
「問いの答えを、次のA・B・Cから選びなさい」
そんな問題をテストでよく出されたけれど、大人になってから、ABCから選べる単純な答えなんて、ほとんど無いことを知った。
答えのない答案用紙のまえで、ひとり頭を抱えている。
撮影・文 目次ほたる