目次ほたる 「記憶のはしっこ」#19
7 Photosモデル・ライターとして活動する20歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の19回目です。
目次ほたる 「記憶のはしっこ」#19
7 Photosモデル・ライターとして活動する20歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の19回目です。
11月の日曜日。
風はだんだんと冷気を帯びてきて、空が高さを増す秋の日に、私は北千住の河川敷で1人の赤ちゃんにカメラを向けていた。
泣いたり、笑ったり、走ったり、転んだり、また立ち上がったり。
赤ちゃんの絶え間ない動きに合わせて、必死にシャッターを切る。
服が汚れるのもお構いなしに、河川敷の芝生に寝転ぶようにしてカメラを覗き込みながら、私はなぜ、普段だったらほとんど関わることのない生まれたばかりの子どもと、今ここで格闘しているのかを、思い出していた。
いまから1ヶ月ほどまえ、私はこの連載のために人物写真を撮りたいと思っていた。
けれど、自分の家族や友人のほとんどは写真に写るのを嫌がるため、撮らせてくれる人をTwitterで募集していたのだ。
すると、一番最初に連絡をくれたのが、写真に写る赤ちゃんのお父さんである「斎藤さん」だった。
「よかったら、うちの息子を撮ってくれませんか?」
丁寧なメッセージに書かれていた内容を読んで、私は「ぜひ!」と返事した。
私と斎藤さんは初対面であったため、お互いのことは多くは知らなかったのだけれど、彼のTwitterのアカウントには息子さんの写真がたくさん載せられていて、写真のなかで幸せそうに笑うその姿を、私も撮りたいと思ったのだ。
そんなこんなでトントン拍子に撮影日が決まり、当日にいたる。
集合場所の河川敷で待っていると、優しい風貌のご夫婦があらわれた。
その足元で赤ちゃんがちょこちょこと歩いている。
私はメッセージをやり取りしていた斎藤さん夫婦に挨拶をして、今日のモデルさんにも挨拶をする。
こちらに怯える様子もなく楽しそうに走り回る彼に、私は心をときめかせながら、束の間の撮影会が始まった。
赤ちゃんを撮るのは想像以上に難しかった。
目が回るほどずっと動いているし、一瞬たりとも同じ表情は見せない。
それもそのはずだ。自分の感情に素直に動いているのだから、こちらの都合のいいポーズや表現をしてくれるはずもない。
けれど、だからこそ、その純粋な様子を写すのが楽しかった。
動き回る息子を見かねたのか、斎藤さんが赤ちゃんを抱き上げて、「たかいたかい」をしてくれた。
写真は、斎藤さんの手の中ではしゃぐ赤ちゃんの様子。
日曜日の昼下がりだからか、河川敷は多くの人で賑わっていた。
川を眺めるカップル、友人同士でピクニックを楽しむグループ、フリスビーを投げて遊ぶ家族。
それぞれが違った形でこの河川敷を楽しむなか、赤ちゃんが興味を示していたのは、犬だった。
目の前に散歩中の犬があらわれると、丸いビー玉のような目を爛々と輝かせながら、その場から一歩も動かなくなる。
犬のほうも、そんな赤ちゃんに気をとられるのか、足を止めて、じっと目をあわせている。
種族は違えど、まるで心は繋がっているのではないかと思う、その視線の会話に、斎藤さんご夫婦と私は笑い合っていた。
涙を目いっぱいに溢れさせる赤ちゃん。
「どうしたの?」と心配になりながら、泣く顔すら愛らしくて思わずシャッターを切ってしまった。
お母さんに抱き上げられると、甘えるように顔をすりつけて、そしてすぐに泣き止むものだから、なんだか感動した。
小さいからだと、大きなまち。
赤ちゃんが笑っていれば一緒になって喜び、泣いていれば抱き寄せてあやす斎藤さんご夫婦の姿からは、我が子への溢れんばかりの愛が伝わってきた。
大事に大事に育てられて、この子はどう成長していくのだろうか。
私もこうやって育てられてきたのだろうか。
どこまでも青い秋空の下、温かい家族の一場面を見て、私も両親に会いたくなった。
撮影協力・斎藤れおん
撮影・文 目次ほたる