目次ほたる 「記憶のはしっこ」#42
12 Photosモデル・ライターとして活動する20歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の42回目です。
目次ほたる 「記憶のはしっこ」#42
12 Photosモデル・ライターとして活動する20歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の42回目です。
(撮影・Canon EOS Kiss M2 )
今回は、「ケモノ」をテーマに作品を作り続けるアーティスト・堀本達矢さんの関東圏初の作品展示「Meet the KEMONO」に伺ってきた。
私が堀本達矢さんの生み出す「ケモノ」たちに出会ったきっかけと、実際に展示に伺って思うことについて、撮影させていただいた写真とともに綴っていきたい。
(撮影・Canon EOS Kiss M2 )
幼い頃から、自分とはまったく違う種族との交流にひどく憧れていた。
それは、いわゆる人間ではない「動物」などの実在する生物に限らず、「妖精」であったり「幽霊」であったり、はたまた「妖怪」と言われるような、およそ伝説上でしか語られない存在にすら、恋心に近い感情を抱きつづけていた。
きっかけとなったのは、幼少期に親と一緒に観たディズニーアニメーション「美女と野獣」だったと思う。
美女と野獣は、フランスの異類婚姻譚で、呪いによって野獣の姿に変えられた王子さまが、町娘のベルと出会い、恋に落ちる話だ。この王子さまにかけられた呪いは、「心から愛し愛されるものと巡り会うことで解ける」というもので、ベルとの出会いで、見事美しい人間の姿に戻った王子は、愛する者とともに末永く幸せに暮らす、というのがあらすじだ。
映画のなかでは、美しいドレスをまとったベルや、豪華絢爛なダンスパーティーの様子などが、華々しく描かれるのだが、当時の私にとってはそんなものはどうでもよく、それよりもとかく野獣の姿に心を打たれた。
「もしも自分が、この野獣と関わり合いを持てたら」
そんなことばかりを考えて、何度も何度も繰り返し、ビデオを観た。
きっと、自分とは姿形が似ても似つかない、けれど心を通わせられる素晴らしい存在が、この世界のどこかにいるはずだ。そう信じてやまなかった。
しかし、現実のどこを探しても、そのような存在には巡り会えないことを、大人に近づくごとに少しずつ理解しては、落胆していた。
(撮影・Canon EOS 750QD)
そんなとき出会ったのが、堀本達矢さんの作品「ケモノ」だった。
いつだって出会いは突然である。
その日も変わらず、スマートフォンでSNSをチェックしていたときのことだ。
たまたまタイムラインを流れてきたそれに、私の目は一瞬にして奪われた。
(撮影・Canon EOS Kiss M2 )
それはまさしく「ケモノ」であったが、私が知っているどの生き物よりも美しく佇んでいた。
白く滑らかな造形、人の形をした身体から生える長い尾と尖った耳。
切なさを内包した目は、どこか遠くを見つめ、 鋭い牙が揃っているであろう口元は、その姿を隠すように閉じられていた。
私が探し求めていたものが、目の前にあったのだ。
(撮影・Canon EOS Kiss M2 )
すぐにSNSをフォローして堀本さんの作るケモノたちをネット上でくまなく検索した。
どの作品もこの世のものとは思えないくらいに美しく、というか、どこか違う世界に生きるものが、たまたま私の目にも見えているだけのようにも感じられた。
「ケモノたちに会いに行きたい」
すぐにそう思った。
しかし、堀本さんの展示は主に関西で行われており、コロナ禍が邪魔をし、その姿を見ることは叶わなかった。
そうして月日が経つうちに、嬉しいニュースが入ってきた。
なんと堀本さんが、東京で展示をやるらしいというのだ。展示会場は、文京区・湯島のロイドワークスギャラリー。
やっと機会が巡ってきたと思い、私は胸を高鳴らせながら、ギャラリーへと赴いた。
(撮影・Canon EOS Kiss M2 )
一見、ごく普通のマンションかと思われる建物の地下へと降りると、ギャラリーの入口が見えた。
コンクリートの打ちっぱなしの天井と、白い壁というシンプルな内装の通路を辿っていくと、目に飛び込んできたのは、想像を遥かに越えた存在感を放つ、ケモノ、ケモノ、ケモノーー。
ずっと待ち望んできたケモノとの出会いが、やっと実現したのだ。しかも、作者である堀本達矢さんも、在廊なさっていた。
私は興奮を抑えきれず震える口元をマスクの下で隠しながら、入口から一番近くにあるケモノにゆっくりと近づいた。
写真で見るより、ずっと繊細に、そして確かな意思を持ってそこに存在する生命力に、思わず手を伸ばしそうになって、止める。
あくまで展示物であるケモノたちに触れてはいけないという理性と、触れてみたいというもどかしさが、指先を強張らせた。
(撮影・Canon EOS Kiss M2 )
一人、また一人とケモノたちに挨拶するように、ギャラリーを見てまわった。
それぞれのケモノたちの、人間らしい筋肉の付き方や骨格が、ゾッとするほど魅惑的だ。
しかし、それでいて人間でない事実をあらわにする尖った耳や鋭い爪には、畏怖すら感じた。
「こんなに美しいものが世の中にあるなんて」
そう呟かざるを得ない存在が、いま手を伸ばせば触れられる距離にあるのだ。
(撮影・Canon EOS Kiss M2 )
在廊されていた堀本達矢さんに、少しの間だけお話を伺った。
私が何よりも気になったのは、「なぜケモノを作りはじめたのか」ということだった。
幼少期から動物がずっとそばにいる環境で生まれ育った彼は、生き物をとても愛していたという。最初のうちは犬や猫など「実在する生き物」へ抱いていた興味は、徐々に「擬人化された生き物」への興味に移りかわっていった。
堀本さんにそんな影響を与えたのは、アニメ「ポケットモンスター」や「ライオンキング」といった、架空の世界を生きる擬人化された生き物たちだった。
その後、堀本さんは「自分自身もケモノになりたい」という強い変身願望を抱くようになる。
そうして彼が大学1年生のときに作り出したのが、作品「me」だった。
自分の分身として生み出した「me」に、自分の遺伝子を埋め込むため、堀本さんは自らの髪の毛を作品へ植毛したという。
それからというものの、変身願望を映し出す「ケモノ」を作り続けた堀本さんだったが、ケモノと向き合うなかで、自分はいままで「自分本位」でケモノを見続けてきたのだと気がついたそうだ。
ケモノの概念をさまざまな歴史から紐解いて、「ケモノそのものの在り方」と向き合うなかで作風は大きく変わっていったらしい。
(撮影・Canon EOS Kiss M2 )
そんなお話を伺いながら、改めてもう一度ケモノたちを見回す。
堀本さんは、ケモノをまず「自分自身」と重ね合わせ、そして次に「自分とは違う独立した存在としてのケモノ」を確立しつつあるのだ。
ギャラリーに展示されたケモノは、そんな他者としてのケモノの在り方が伝わってくるようで、堀本さんのお話を伺えば伺うほど、ケモノたちが愛しくなる。
しかし、同時に堀本さんは自分自身のなかで、すでに「ケモノ」と出会っているのだと感じ、その事実が羨ましかった。
私が憧れ、恋焦がれつづけてきた、「他者としてのケモノ」に出会った人が、目の前にいる。
そして、それと同時に私がいままでいかに自分自身の身勝手な願望ばかりで、ケモノたちを見つめてきたのかに気がつき、ひどく恥ずかしくなった。
私が長いこと、異種族との関わりに魅了されたのは、異種族間で生まれる、長く果てしない対話に憧れたからだと思う。
ケモノという存在を理解したいと思っても、私がケモノにならない限り、決して理解できない領域がある。理解したい、しかし、できない。この往来を「愛」という以外になんと呼ぶのか。
「わからない、だからわかりたい」という無限の反復が、異種族の間に悠久の時を作り出すのだと思った。
その長い時間を、きっと堀本さんは自分の内側と外側にあるケモノたちと、切に向き合ってきたのだろう。
(撮影・Canon EOS 750QD)
堀本さんとお話を終えて、帰るまえに、もう一度ケモノたちに挨拶をした。
触れられないケモノたちとは、お別れの握手をすることもできない。
目に写るのは、さらりとした石粉粘土の輪郭ばかりだ。
しかし、不思議なことに、触れることができないからこそ、そこにある感触や体温が私の身体の内側から滲み出てくるのを感じた。きっと耳をすませば、彼らの声が聞こえただろう。彼らの心音を感じとれただろう。
堀本さんが自分のなかから作り出したケモノと対峙することで、きっとケモノを見る者も自らの内で対話してきたケモノと出会えるのではないか。
「ケモノ」という作品との関わり方を、やっと少しだけ掴めたような気がした。
(撮影・Canon EOS 750QD)
私が私である以上、彼らが彼らである以上、私と彼らの目が真っ直ぐに合うことはないのかもしれない。けれど、それでも、私たちとケモノは、確かにここにあるのだ。
ご紹介:堀本達矢(ほりもと・たつや)
1993 三重県生まれ 現在ケモノ美術作家として活動中
2016 京都造形芸術大学 美術工芸学科総合造形コース 卒業
2018 沖縄県立芸術大学 大学院造形芸術研究科環境造形専攻彫刻専修 修了
2020 沖縄県立芸術大学 美術工芸学部美術学科彫刻専攻 教育補助専門員 退職
<制作コンセプト>
「ケモノ」とは、動物に人間の感情、感覚、言語、外見、身振りなどを含ませた擬人化表現、または反対の擬獣化表現である。そんなケモノは世界的に存在しており、その歴史は長く旧石器時代から現代まで続いている。芸術や童話に登場するケモノ、宗教や商業に登場するケモノ、憧れや欲望の対象としてのケモノなど、今でも様々な場面で見かけるケモノは人間と切っても切れない関係となっている。そんなケモノに対して幼い頃から興味を持っていた私は、自身を含む「ケモノ」を生み出す人間の心理的な要因に着目した。動物たちを動物そのものではなく、あえて擬人化を施し表現する人間たち。そこには一体どのような心理が働きケモノを生み出しているのか。そのケモノたちを人間たちはどのように見て認識し、触れ合っているのか。そして私自身もケモノに対して憧れさえ抱いている。このような人間の心理を追求し、人々が「ケモノ」の存在を改めて認知するために、立体作品を制作している。
<主な受賞歴>
2018 第29回沖縄県立芸術大学卒業・修了作品展 北中城村長賞 (沖縄)
2015 京都造形芸術大学 卒業制作展 奨励賞 (京都)
2014 ULTRA AWARD 2014 オーディエンス賞 (京都)
2012 ULTRA AWARD 2012 オーディエンス賞 秋元康賞 最優秀賞 (京都)
Twitter・https://twitter.com/HORIMOTO_T
撮影・文 目次ほたる