目次ほたる 「記憶のはしっこ」#48
7 Photosモデル・ライターとして活動する21歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の48回目です。
目次ほたる 「記憶のはしっこ」#48
7 Photosモデル・ライターとして活動する21歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の48回目です。
秋の風物詩といえばなんだろうか。そう、ススキである。
割とそこらじゅうに生えている草なのに、秋になるとどうして、ススキがこんなにも特別に見えるのだろう。
道端でススキを見つけると「あ!ススキだ!」と思ってしまうし、部屋に一本飾っておくだけでちょっとおしゃれな空気感を出せる。
秋の魔法にかかると、途端にススキは特別な植物へと変わるのだ。あと、調べてみると実は秋の七草の一つらしい。
そこで今回は、ススキの撮影に行ってきた。
向かったのは、箱根・仙石原すすき草原。
関東一の規模を誇るススキの名所として知られており、絶好の撮影スポットだ。
この連載が始まってから、挑戦してみたかったことがある。
それが、早朝撮影だった。まだ日が出る前に撮影現場に向かい、日の出と共に撮影を始める。そんなどこかのドキュメンタリー映像で観たような撮影を、一度してみたかったのだ。
しかし、なにを隠そう早起きが大の苦手である。
朝は時間が許す限り寝ていたいし、特に最近は寒くなってきたので、本当は昼過ぎまでおふとんの中でぬくぬくとカラダの隅から隅までを温めておきたい気持ちなのだ。
しかし、やると決めたら逃げる道はない。早朝撮影、いざ出陣である。
挑戦すると決めたものの、そもそも自分がそんな早くに起きられるはずがないと悲しい確信を抱いていたので、早起きは諦めて、徹夜を選ぶことにした。
そのため、夜中の1時に出発し、そのまま2時間ほどかけて車で仙石原すすき草原へ向かった。
車の外は時間が経つにつれ気温が下がっていき、車内もだんだんと冷え込んでいく。私はヒートテックとダウンジャケットを着込んで、分厚い靴下を履き、さらに手には温かいコーンポタージュ缶を握って、万全の装備で長い夜を過ごした。
そうして箱根に到着したが、明け方までまだ2時間ほどあったので、車を止めて仮眠を取ることにする。
が、終始ススキ撮影のことで頭がいっぱいになり一種の興奮状態に陥ったせいか、全然眠れない。気持ちは今にも倒れるほど眠いのに、身体は眠れないという地獄の2時間を過ごして、結局一睡もせずに撮影に向かうこととなった。
午前5時ごろ、仙石原すすき草原。
東の空からゆっくりと昇りだした太陽が山に顔を隠しながらも、真っ暗な空に少しずつ色を乗せていく。西の空にはまだ明るい月が名残惜しそうな表情をしていた。
顔の皮膚がピンとつっぱるほど冷たい外気のなかでは、呼吸をするたびに澄んだ空気が肺の内側に滑り込んでいくのを感じられる。
そして、空と大地の間を分かつように、大きな手のひらを広げたススキ畑が皆いっせいに天を仰いでいた。
ひとたび朝日が差し込むと、ススキは金色に光り輝く。
細かな穂先に反射した光の粒が、砂金のように散らばった。
その姿に、思わず目を奪われる。
眠い目をこすりながら見た低く差す光に照らされた景色は、私がいままで見てきた世界とはまるで違っていて、自分が今この場所に立ち、生きていることが不思議と素晴らしいことのように思えた。
撮影を終え、車に戻って写真を見返したが、どの写真も自分が目の当たりにしたあの美しさの半分も写せていないことに毎度のことながら落ち込む。世界の美しさをまるごと写したみたいな写真を、いつか撮れるようになりたい。
しかし、いつもとは違う時間に撮影するだけで、こんなにも世界は違って見えるということが分かっただけでも、大きな発見だった。
早朝撮影、なんとか完遂。このあと車内で爆睡したのは、言うまでもない。
撮影・文 目次ほたる