vol.24「忘れたくない、声」
7 Photos女優・カメラマンとして活動する彩雪が、日常で見つけたドキドキを写真を通してお届けする連載、24回目は「忘れたくない、声」です。
vol.24「忘れたくない、声」
7 Photos女優・カメラマンとして活動する彩雪が、日常で見つけたドキドキを写真を通してお届けする連載、24回目は「忘れたくない、声」です。
ふと昔を思い出すことが増えた。
あの日の出来事。
お隣さんの子供たちの名前。
ピロティーと読んでいた中学校の駐輪場。
バスケ部の練習のはじめにあった5分間走。
大好きだった里芋の煮っころがしの味。
階段の下からわたしを呼ぶおばあちゃんの声。
声、声、声、、、。
人は声から忘れていくというけれど、本当にそう思う。
その人の名前も顔も思い出もまだ鮮明に覚えているのに、声だけ思い出せない人たちがいる。
忘れたくもないのに、忘れてしまう音がある。
いつも通り話す声、笑い声、歳を重ねるごとに少しずつ変わる声、そして、わたしを呼ぶ声。
記憶の中から消えてしまうことが怖くてしょうがない。
毎日思い出しておかないと忘れてしまいそうで。
そんなとき、やっぱりビデオをたくさん撮っておくべきだったと思う。
今でこそ写真と同じくらいビデオを撮るようになったが、わたしが小さい頃はそんなことはなかった。
だから、カメラロールの中に学生時代の動画はほとんど、ない。
その頃の思い出も一緒にビデオにおさめておいていれば安心して声も思い出せるのになと思う。
ビデオといえば、とてもほっこりしたエピソードがある。
友達と歩いていて、わたしが会話中にツボって笑いが止まらなくなったとき、友達が急に動画を撮りはじめた。
笑いがおさまり、なんで撮ったのかと聞くと「楽しそうに笑ってるところを見てると嬉しくなるから」らしい。
こんなサラッと愛おしい回答を述べた友達に拍手をして、また、笑った。
声を聞くだけで、思い出すだけで、涙がこぼれたり、安心したり、愛を感じたりする。
カメラはそんな「音」たちも宝箱にしまうみたいにおさめることができる。本当に今、この時代にカメラがあってよかったなと心底思う。
撮影・文 彩雪