vol.9「ラクーア、愛してるぜ」
3 Photosサウナライターとして活動する川邊実穂がお届けする連載「サウナで、わたしはわたしになる」。9回目は「ラクーア、愛してるぜ」です。
vol.9「ラクーア、愛してるぜ」
3 Photosサウナライターとして活動する川邊実穂がお届けする連載「サウナで、わたしはわたしになる」。9回目は「ラクーア、愛してるぜ」です。

地面を覆いつくすアスファルトを持ってしてもごまかせない、湿った土の匂いがした。
あぁ、きてる、もうすぐそこまで春がきている。
そんな身体の奥の奥から湧き上がる本能的な喜びエネルギーを感じながら、ふわり鼻腔をくすぐるは、塩味の強いしょっぱい香り。
それはJR水道橋駅を降りて東京ドームを横目に進むうちに強くなる。
東京砂漠のオアシス・Spa LaQua(以下、ラクーア)の天然温泉のものだ。
その芳香を通常比1.5倍に膨らませた鼻の穴から身体に取りこむと、理性より早く、私の海馬が思い出を手繰り寄せてくる。
サウナ友達と定期的に開催している「ラクーア会」はサウナに入り、その後館内のレストランで食事をするだけのゆるい会で、今日もまた、その日だ。
「楽しい」が確約された会が待っていると、横断歩道を走る途中で片方のパンプスが脱げて周りから視線を感じながらも、なお笑顔でいれるものです。
何度来ても「ラクーアって、たまらんなぁ」と思うのはなぜか。
それは浴場での選択肢の多さと、ちょっとした制約があるからだと今回気がついた。
女性風呂にはサウナが3つに内湯も4つ、露天風呂には天然温泉に炭酸泉もある。
これだけでも魅力がすごいが、ただ、特筆すべきはその動線かもしれない。
正直、ラクーアの「サウナ→水風呂→休憩」の動線は良いとは言えない。
「中高温サウナ」の目の前に水風呂…
ここまではパーフェクトだが、そこから外気浴へ向かうと30秒は歩かないとならない。
外気浴スペースに構えられた「フィンランドサウナ ヤルヴィ」から水風呂も同様で、水風呂に向かう途中で身体が冷える恐れもある。
ただ……
この「動線の悪さ」が制約となり、私たちサウナ好きのクリエイティビティを大いに刺激してくれるのだ。
それはクセのある高級食材を目の前にした料理人と同じ状態だと思う。
素材そのままを、シンプルに味つけするわけではない。
調理法やアレンジメントで、どう自分らしいサウナ体験を表現するか。
「サウナ→水風呂→外気浴」が完璧な動線にある場合とは違う、十人十色の「遊び方」が自然発生的に生まれる。それがラクーアだ。
今宵はまず、「中高温サウナ」へ。
このサウナの素敵ポイントは、座面を覆うようにタオルが敷き詰められているところだと思う。余裕で20人は入れる大間のようなこの広さ、TVから流れるバラエティ番組をぼーっとみんなで見るこの感じ…
これ、修学旅行の夜と同じだ。
畳一面が布団の海と化した部屋でいつまでもダラダラとお喋りをしたくなる、あれ。
「この幸せ、一生続け〜〜〜(それは現実的には無理なんだけど〜〜〜)」と胸がキュッと締めつけられるあの一夜を思い出す。
カムバックハイスクールライフ@サウナ。
しっかり蒸されたら…
1セット目は水風呂をスキップして、休憩スペースを探す旅へ。
ラクーアの「歩かせる動線」は誘惑の園だ。
手前から藍色の丸形タイルが素敵な「天然温泉」、「シルキーバス」が隣接し、その先には「座湯」や「足湯」も続いていて「おいでおいで」と手招いてくる。
お祭りの出店を前にした時のように足取りが重くなっていく。早く休憩したいのに…!
いや、「サウナの後は休憩」という概念に縛られる必要もないのだ。
時にはルールを逸脱して、自分の本能が赴くまま「サウナ→お風呂」へと温かさに甘えたって良い。
そんな自由を、ラクーアの動線から学ぶ。
一旦はベンチで一休みし、2セット目は「フィンランドサウナ ヤルヴィ」を。
このサウナは露天スペースに入口があるが、部屋そのものは内湯の一角にある変わった造りをしている。
ただ、そのおかげでサウナ室に聴こえてくる音がいい。
排気口の近くに座ると内湯のシャワーの音、桶を床に置いた時の軽やかな音などが混ざり合い、ホワイトノイズのように不思議とぼやけた大きな音の塊になる。
それを薄暗い空間の中、セルフロウリュによってトップから落ちてくる蒸気に抱きしめられながら聴いている。
こういうディティールが、やっぱり好きだぜ。ラクーア。
その後「中高温サウナ」をハシゴをしたら水風呂へ。
ラクーアの水風呂は体感18度くらい。寒い冬でも安心な、ちょっと高めの温度設定。
バイブラ未満の優しい揺れでたゆたう水面は、穏やかな海の浅瀬のように美しい。
フィニッシュは外気浴スペースで。
東京ドームから聴こえるライブの大きな音の中から、アーティストの歌声の芯を掴むように、耳に集中力をよせながら休まる。
その時私はふと、おばあちゃんを看取った時を思い出した。
身体の機能が衰えても、亡くなる直前まで聴覚は残るという。
だから家族みんなで「おばあちゃん」「ありがとう」と何度も言葉をかけたっけ。
もしかしたら、死ぬ前ってこんな感じなのかもしれない。
頼りないボヤボヤとした音の中から、大好きな人の声を切望して、耳に全神経を注ぎながら探す……
かくゆう私の最期は、誰が、いったいどんな言葉をかけてくれているんだろう。
いけない、なんだかセンチメンタルになってしまった。
すっかり冷えた身体をお風呂で温め、私は浴場を出た。

とりあえず設けた集合時間より早く来る人もいれば、ちょっと遅れて来る人もいる。
それくらいのゆるい空気感の中、宴会@よ志のやダイニングが始まった。
お揃いの館内着を着て、彩り豊かな美味しいご飯をたらふく食べる。
初めまして同士のメンバーも、親戚のお盆の集まりくらいの盛り上がりをみせていた。
23時にお店がクローズしたとき、気がついたら私たちが最後のお客だった。

今日の思い出にと、女性着替え室・入口前にある館内着とともに撮影(私はいつも黄色を選ぶ)。
次回のラクーア会では、私は何を発見するのだろう。
同じサウナに何度も足を運ぶからこそ、定点的に見えてくるものがたくさんある。
写真は全てSpa LaQuaで撮影。
住所:東京都文京区春日1丁目1-1 LaQua5~9F(フロント6F)