vol.14 Enjoy,Sauna
9 Photosサウナライターとして活動する川邊実穂がお届けする連載「サウナで、わたしはわたしになる」。14回目はEnjoy,Saunaです。
vol.14 Enjoy,Sauna
9 Photosサウナライターとして活動する川邊実穂がお届けする連載「サウナで、わたしはわたしになる」。14回目はEnjoy,Saunaです。

コンクリート造りのベンチから伝わる熱が次第に汗へと変わる中、私は一人のフィンランド人とサウナにいた。
お互い何も話さない。
そこには音も、何もない。
15時過ぎ、窓から差しこむ淡い光だけが、辺りを静かに照らしていた。
しばらくすると彼女はもう十分とばかりに立ちあがり、シャワーのある洗い場へと向かった。
そしてすれ違いざまに一言だけ、私に声をかけてくれた。
「Enjoy, sauna.」

サウナを好きになって約5年半。サウナ発祥の地・フィンランドにいつかは行ってみたいとずっと思っていた。
でも「行きたいんですよねぇ〜」と言葉を発している自分は、どこか現実味がなかった。
「いつかは……」を具体化するには考えることが沢山あって、だから物理的な距離だけでなく心的な距離としても遠く、想像できなかったのだと思う。
そこから「やっぱり行こう!」と意を決して航空券を取り、行程を決めると、あれよあれよと渡航日が迫ってきた。
旅立つ前日はどうしてか、楽しみよりも緊張が大きく、気持ちが強張っていくのを感じた。
本当に私、憧れつづけたフィンランドに行くんだ……

約13時間のフライトは寝たり起きたりを繰り返し、ぼうっとした頭と視界のまま、飛行機の窓からフィンランドの地を捉えたときは、「あぁ、本当に湖と森の国なんだな」と胸に迫るものがあった。
フィンランド、そしてフィンランドのサウナについては本や雑誌を読み、ずっと妄想を膨らませてきた。
長らく恋い焦がれてきた存在に、今、私はとうとう触れるのだ。

夕方17時過ぎに降りたったヘルシンキ中央駅は白夜の影響もあり、体感としては15時くらいの明るさで、それをもってしても私の印象は正直、正直に言うと「思っていたより……なんだか地味?」だった。
この驚きにはちゃんと理由がある。
フィンランドは世界幸福度ランキング8年連続1位の国だ。さらに今回訪れたのはサマーシーズン。フィンランドは冬が長い分、夏はハッチャケる!と聞いていたので、世界一の幸福度 × 最高の季節=街全体がとにかく浮かれてる! ハッピーオーラ全開!!!だと勝手に考えていたのだ。
例えばレストランのテラス席に座る人が顔を赤らめながらお酒をがぶがぶ飲んでいたり、大きな声で仲間と一緒に騒いだり。
そんなのは、私が見た限りは全然なかった。
想像よりもずっと、ヘルシンキは静かだったのだ。
早速いくばくかのギャップを感じながらも、まずは「Kulttuurisauna(クルットゥーリサウナ)」に向かったのだが、ここから私は少しずつ、日本とフィンランドのサウナの違いを、そしてフィンランド人にとっての「幸せ」を、自分なりに解釈していくことになる。


「Kulttuurisauna(クルットゥーリサウナ)」はフィンランド人のお友達・ノーラさんにオススメされたサウナ施設で、ヘルシンキ中央駅からメトロで3駅・そこから歩いて10分ちょっとと好立地だ。
施設について一通りご案内いただいた後、全裸になってサウナに入る。そしてシャワーを浴びて水着を着てから休憩休憩……と外に向かうと……
そこに漂う雰囲気にまぁ驚いた。
男女で一緒に利用できるこのエリアでは、各々がフリーダムに休憩を味わっている。
デッキに横たわる人や一人で来ているおじいちゃん、その傍らでは女性2人組がおしゃべりに興じていたり。
なんと言うか…周りの目を気にする人は誰もいなくて、皆とにかくさっぱりしている。
なんだろう、いつもと何が違うんだろう…?
何回か休憩を繰り返し、みんなの様子を見てるうちに一つの仮説が浮かびあがった。
それは、気合を入れて事象を見定める空気感がないからかもしれない、と。
「よし、ここからクールダウン!!!」
と水風呂代わりの海に冷たさを求めるわけではなく、ぷかぷか泳ぐこと自体をみんなは楽しんでいる。
それは「なるほどね〜今日の海はこんな感じか〜は〜気持ちいい〜〜」っていうくらいのゆるさ。
同じように「サウナ→水風呂→外気浴」の後にやってくる、いわゆる「ととのい」を最大化したい!せねば!! と逼迫している人もいないように感じたのだ。
皆、ただぼーっとする時間そのものであったり、リラックスした状態での会話を愉しむ。
この空気、サウナというより友達の家に遊びにきたみたいだ。
飛行機を降り立ってからずっと、わたしは無意識のうちに緊張していたのだろう。肩の力がするすると抜けていくのを感じた。
そしていつもなら体型を気にして絶対に着ないビキニを身につけ(だってわたしが何を着ているかなんて、誰も気にしていない。それに海風を全身で感じるなら、ビキニの方が絶対気持ちいい。)、バスタオルで身体を隠すのもそこそこに口を半開きにしながら呆けていた。
わたしはいつも以上に、自分の気持ちに素直になっていた。

翌日に訪れた「ラヤポルティン・サウナ」も小さな驚きの連続だった。
常連さんであろう人たちが談笑しながら開店を待つ姿は、さながら日本の銭湯だ。私もその列に加わり、受付を済ませて脱衣所に向かう。
服を脱ぎ、はて……ロッカーがない。
着替えやリュックはどこに置けばいいのだろうとオロオロしていると「あら、あなた初めて?」と話しかけてくれた女性がいた。週3で通う常連さんだと言う。
私は彼女にわからないことを教えてもらいながら、一緒にサウナへ向かった(ちなみに、ロッカーは本当になく、貴重品も含めて脱衣所にそのまま置いておくスタイルだった……!もちろん何も盗られてなかった、この治安の良さよ! )。
ラヤポルティン・サウナはフィンランドに現存する最古の公衆サウナと言われていることもあり、銭湯感満載な場所だ。
サウナ室は男女で分かれているのだが、中央にある水汲み場は共用で、そこだけ壁がくり抜かれ池のように水が溜まっている(伝わるかな……)。
そこにプカプカ浮かぶ手桶で水を汲んで、大きなバケツに水を溜めて身体を洗ったりするのだけれど、途中、男性側から女性側にぬっと手が伸びてきた時には「わっ!」と流石にびっくりした(もちろん、双方の顔や姿は見えないのだけれど)。
そんなユニークすぎる造りも受け入れ、常連さんとのおしゃべりを楽しんでいると、サウナ室がものすごい勢いで急に熱くなってきた。
「あぁ、始まったわね〜〜」
はいはい、と慣れた様子の彼女に聞くと、男性側がロウリュをするとその熱が女性側まで伝わってくるのだそう。
おお、これが本当のゲリラロウリュ! 私ら運命共同体!!! と驚きおかしみながら、滝のようにドバドバ汗をかいた。

頭から水を浴びて外に出ると、これがまたピースフル。
と言うのも、バスタオル一枚を身体に巻いた男女が入り混じり、おしゃべりしているのです。
(↑ の写真の奥、チラッと見えるのがそれ)
いやこれ、冷静にすごくない…? 変な話、誰も下心がある人なんていなくて、お酒やジュースを片手に、ほぼ裸の知らない人同士がゆるくカジュアルに繋がっていたのだった。
この、なーんにも気にしなくていい感じ。超超自然体な空気。現代にこんなにも自由な場所があって良いのでしょうか。
いや、日本のサウナを息苦しいと思ったことは一度もない、そうではないんだけれど、これほどまでに気楽さに振り切った場所を、今までの人生で知らなかったのだ。

ヘルシンキ最古の公衆サウナ「コティハルユン・サウナ」に行く頃には、私もこの感覚に慣れてきて(むしろ欲してきていて)、バスタオル一枚を体に巻いてヘリに腰掛け休憩を楽しめるようになっていた。
するとフィンランド人がまさかの「TOTONOTTA?」と話しかけてきてくれたのです!
どうやら日本人がフィンランドのサウナを楽しむTV番組を最近見て、「TOTONOU」という言葉も知ったそう。コティハルユンにも多くの日本人が訪れているという。
「どこのサウナに行ったの? あ〜〜あそこはいいよね、私も大好き!」
国境なきサウナトークに花が咲き、「サウナの話であれば、フィンランド人とも日本と同じノリで話せるんだ……!」とじんわり感動しながら、最後に彼は目を細めながらこう教えてくれた。
「明日はクーシヤルビに行くんだね。
そこは私が一番好きなサウナで、とても特別な場所なんだ。
他のサウナとは全く違うと思うよ、ぜひ楽しんでね」
キートス(ありがとう)、とお礼を告げながら私は明日のサウナに期待を寄せたのだけれど、そこには自分の想像を遥かに超える光景と体感が待っていたなんて、この時の私には未だ知る由もなかったのです。
【掲載した施設】
■「Kulttuurisauna(クルットゥーリサウナ)」
予約要
■「ラヤポルティン・サウナ」
https://www.rajaportti.fi/index.ja.php
予約不要
■「コティハルユン・サウナ」
https://www.kotiharjunsauna.fi/ja
予約要