vol.15“そこに見たのは、一人の誇り高き魂”
16 Photosサウナライターとして活動する川邊実穂がお届けする連載「サウナで、わたしはわたしになる」。15回目は“そこに見たのは、一人の誇り高き魂”です。
vol.15“そこに見たのは、一人の誇り高き魂”
16 Photosサウナライターとして活動する川邊実穂がお届けする連載「サウナで、わたしはわたしになる」。15回目は“そこに見たのは、一人の誇り高き魂”です。

「あれ、ちょっと無愛想?」
と思った。
フィンランド旅行最終日、今まで行ったどのサウナでも、みんなカジュアルに話しかけてきてくれた。
「どこからきたの?」
「ロウリュするとやっぱり熱いね〜!」
だけど、目の前のフィンランド人は寡黙だった。
後からサウナに入ってきた私にチラッと目を配らせながらも、あとは腿の上で両掌を組んで、じっとしている。
お互いが無言ゆえに少しの緊張すら感じたが、しばらくすると彼はドアを開けて外へ出て行った。
そうして空気がふわっと緩んだあと。
彼がサウナ室へ戻ってきた。
手には薪を抱えている。そして淡々とストーブに薪を焚べ、荒々しく私の前にバケツを置くと、早々に外へ出て行ってしまった。
あぁ……。
わたしは自分を恥ずかしく思った。
愛想がないなんて、とんでもない。
そのバケツには、私だけでは使いきれないくらいの、ロウリュ用の水がたっぷりと入っていたからだ。

「キング・オブ・サウナ」。
クーシヤルビのスモークサウナを人はそう呼ぶ。
ここでは何時間も薪を焚べ続け、サウナ室内をカンカンに温めるのだが、日本では法律などの関係でまず実現できないサウナの温め方だ。
「あの、スモークサウナの香りが鼻の穴にこびりついて、忘れられないんだよなあ」。
恍惚の表情を浮かべながら語ってくれたお友達を思い出す。
日本では体験が難しい、その土地ならではのサウナを味わう。これぞ海外サウナ旅の醍醐味だ。

「クーシヤルビサウナは12時過ぎからサウナのチケットが購入できるんだけど、14時にはもうsold outって時もあるみたい。せっかく訪れたのに入れなかった、って人を見たよ。」
そんな話を聞いていたので、到着するまでの道中は気が気じゃなかった。果たしてどれくらい混んでいるのか?チケットは無事に買えるんだろうか…? 目の前を楽しそうに歩くガールズを、つい足早に抜きたくなってしまう。
けれど、彼女たちはサウナに行くわけじゃなかった。ガールズはサウナの受付をスルーしてそのまま広場へと向かっていく。結局、受付までかなり時間があったので(心配性で早く着きすぎました)、辺りをぐるりと探索してみる。

湖で泳ぐ子ども達と、見守るように日向ぼっこをしているはずが、もはや寝てしまっている大人たち。
ここは東京でいう多摩みたいな感じなのかも。都心からもサクッと日帰りでいける、ちょっとした憩いの場。
フィンランドの夏は短く、冬は極端に日照時間が短いという。だからこそ、皆は太陽に恋をしている。
限られた期間でしか味わえない陽の光をまさに全身で受け止めて、全力で楽しみつつも、冬に向けた準備をしているように見えた。
天国があるならば、きっとこういう場所なんだろう。
穏やかでのんびりとしていて、おじいちゃんもハイハイ歩きの赤ちゃんも、皆がとっても幸せそうなんだもん。
12時30分からチケットが販売されると私は早々に受付を済ませてホッとしつつ、13時にはいよいよサウナへと向かった。サウナエリアの辺りには多くの外国人がいて、スモークサウナを心待ちにしているようだった。
まず小さい方のスモークサウナへ。ドキドキしながら扉を開けると……噂のつっよい燻し香! 濃い、濃いぞ!
薪サウナで感じる、火が燃えた優しい香りをギュゥっと濃縮して、思いっきり解放しました〜!って感じ。でもむせるとか煙いとかではなく、すんすん鼻を動かして、とにかく吸いたくなってしまう。100%天然の香りの威力ってすごいな。
そして……何より熱い!めちゃくちゃ熱い!
火、本当についてないんだよね? と疑いたくなるくらい熱い。
私、結構熱いサウナには慣れていると自負していたのですが、ごめんなさい撤回します。恥ずかしながら一番手前も手前、ドア付近から先には進めず(その先には強大すぎる見えない熱の塊があった。進もうとすると皮膚が切れるように痛いぜ!)、それでもドバドバ汗をかいた。
そんな私を横目にサウナ室の奥・2段目のベンチに颯爽と座る人を、心の中でサウナマスターに認定した。

熱々に温まったらサウナ室を出て道を挟んだその先に、湖まで伸びる桟橋がある。いよいよ湖ダイブだ!
せっかくなので飛び込むまでをカウントしてみたら、周りにいた外国人も一緒に「1・2・3!」と歓声を上げながら盛り上げてくれた (嬉しい)。
夏の湖は冷たすぎず、ぷかぷか浮く分にはちょうどいい水温だ。
頭までざぶんと浸かって天を仰いだ。はー、ほんっとさいこうです。


私も天国の構成要員になろうと、休憩では原っぱでごろんと横になった。濡れた髪が風を感じて、ひんやりと気持ちいい。木漏れ日が差して、頬がじんわりとあたたかい。
日本でもフィンランドでも、サウナの後に込みあげてくる幸せな気持ちと、溢れる感謝は変わらない。
サウナが持つ価値が世界共通であることを、私は改めて気付かされた。
14時になると大きなスモークサウナも開放された。最上級の燻し香りと、熱々サウナをより多くの人たちと一緒に楽しんだ。10歳にもならない子どももスモークサウナにチャレンジしていて、グッと拳を握りながら熱さを受け止めていた。強いなぁ。
サウナを出て、湖を上がった人とすれ違うと「サウナ熱かったよね、おつかれさま!」という優しい眼差しを向けられる。私もすかさず「湖、気持ち良さそうでめっちゃ良いね!」とアイコンタクトを送る。
熱い、冷たい、気持ちいい。
誰もが共通で味わえるシンプルな体験は国境を超え、直感的なコミュニケーションを生む。
私はクーシヤルビサウナにいる人たち全員と、深い底で繋がれているような気がした。

とにかく満たされ続けたサウナ旅行の最終日。私はフライトの前に、あるサウナに向かっていた。
有志で運営が成り立つサウナ、「ソンパサウナ」だ。

入場料もないし、営業時間という概念もない。着替える場所もなく、そこにあるのは誰でも自由に入って良いというサウナ小屋だけ。
誰か仕切る人がいるわけでもないのに、秩序が保たれているのが何よりすごい。
ソンパサウナには不思議と静謐な雰囲気があった。
驚いたのはサウナを終えた後、ペットボトルなどの散らかったゴミを黙々と拾っている人がいたことだ。
これは私に並々と水をいれたバケツを持ってきてくれた彼のことで、その動きはルーティーンのように洗練されていた。
サウナに入らせてもらったお礼です、という押しつける優しさではない。
義務ではないのだ。
ただ、自分がやりたいから、そうしている自分が自分のありたい姿だから、やっているだけ。
私は胸を打たれた。
そこに寡黙な彼の、誇り高い魂を確かに感じたのだ。
名も知らない誰かがピアノで音を奏で始める。
メロディはない、その場で紡がれた音の連なり。
風が吹くと葉っぱが擦れ合うその様は、今日という日へ拍手喝采をおくっているようだった。
私も、自分で自分の幸せを決めていきたい。
誰かの尺度で決められたものではない。
ただ、自分が満足するためだけのやり方で。

この旅で感じた気持ちを、フィンランドの土地に刻みたい。
そう思った私は、自分の本をソンパサウナに置いていった。
次にここに来る時は、もっと自分に自信のある人になれるように。
自分を誇れる人であれるように。
【掲載した施設】
■「クーシヤルビサウナ」
https://www.cafekuusijarvi.fi/
予約不要、当日チケット購入
■「ソンパサウナ」
予約不要