目次ほたる 「記憶のはしっこ」#49
9 Photosモデル・ライターとして活動する21歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の49回目です。
目次ほたる 「記憶のはしっこ」#49
9 Photosモデル・ライターとして活動する21歳、目次ほたるが写真を通して、忘れたくない日々の小さな記憶をつなぐ連載「記憶のはしっこ」の49回目です。
前回の箱根早朝撮影を終えてから、私はすぐ近くにあるポーラ美術館へと向かった。
ポーラ美術館は箱根の山の上にある、まさに自然とアートが共存している場所だ。
「アートの森で、響きあう。」を理念に、建物自体も鬱蒼と茂る森に溶け込むよう設計されており、一歩踏み入れるだけで都会の美術館では味わえないような凛とした空気感に触れられる。
初めて訪れてからというものの私はその独特な空間に夢中になり、何度もまた行きたいと思っていたが、コロナ禍もあって遠出が難しかったので、今回は2年ぶりの再訪だ。
胸をときめかせながら到着したはいいが、時刻はまだ朝の7時。開館時間は9時だったので、仕方なく車内で仮眠を取りながら待つことにした。
今回ポーラ美術館に訪れたのは、どうしても行きたかった展示があったからだ。
その展示が、「ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?」だ。
ロニ・ホーンはニューヨーク在住のアーティストで、写真、彫刻、ドローイング、本など様々な形で作品を発表している。自然や孤独と向き合うような作品が印象的らしい。
らしい、というのは私自身ロニ・ホーンのことをこの展示を通じて初めて知ったのだ。
知人のイラストレーターさんがたまたまInstagramにこの展示に行った写真をのせているのを見て興味を持ち、自分の目で見てみたいと思った。恐れ多いが、ロニ・ホーンの作品になんとなくシンパシーを感じたのかもしれない。
実際に展示を見て、やっぱり訪れて大正解だと思った。
ロニ・ホーンは作品を作りながら、人里離れたアイスランド中をくまなく旅をしてまわり、そのなかで見つけた自然の姿や自分自身の孤独と向き合ったのが作品に強く影響を与えたという。
たしかに作品1つ1つのなかに自己との対話、自然との対話、人間という生き物との対話が感じられ、自分がどこまでも続く孤独のなかに引き込まれるような感覚になった。
孤独といっても、それは恐ろしいものではなく、冬のよく晴れた朝の冷たい空気のように澄み切っていて、一陣の風が心のなかを吹き抜けて、なにもかもまっさらな景色にするような心地よさがあった。
作品の詳しい内容は、ぜひ実際に展示へ行って確かめてみてほしい。
ポーラ美術館には、建物の周りをぐるりと囲むように作られた遊歩道があり、そこでもアートを楽しむことができる。
森のなかへと続く整備された道を歩いていけば、作品たちが木と木の間でまるで最初からそこにあったかのように展示されているのだ。
写真は、そんな遊歩道で見つけたロニ・ホーンの展示である。
大きなガラスの器にたっぷりと張られた水。風が吹けば水面は優しくたゆたう。
人の心のような作品だった。
写真には撮らなかったが、ロニ・ホーンの展示のほかに印象派モネのコレクション展も開かれていた。
モネは大好きな画家なので楽しみに展示を眺めていると、自分のなかで発見があった。
写真を始めてから、風景画を見るのが以前よりも楽しくなったように思うのだ。
以前も嫌いではなかったのだが、絵の見方がわからず、正直「きれいな絵だなぁ」くらいの月並みな感想しか思い浮かばなかった。
それが今は、「こんな構図であの風景が撮れたら楽しいな」「この状況をこんな風に描くんだ!」「空気の層のようなものを感じる絵だな」といったように、以前とは違った視点で風景画を楽しめるようになった。
きっと写真を撮るようになって、風景を画角におさめながらよく観察する習慣ができたからか、書き手の立場になって観賞できるようになったのかもしれない。
最近は美術館の絵を見て「もしも彼ら芸術家が現代のカメラを持ったら、どんな写真を撮るのだろうか」と想像して楽しんでいる。
稀代の画家たちは、きっと普通の人よりももっと研ぎ澄まされた感覚で世界を見ていたのだろう。
そんな彼らの感性が写真という媒体に乗っかったとき、どんな化学反応を起こすのかぜひ見てみたかった。
そういえば、観光ついでに中禅寺湖で人生初のスワンボートに乗った。
そもそも海だとか湖だとか、水がたくさんある場所はなんとなく怖くて好きではないのだが、たまには刺激のある体験をしなくてはと思い、挑戦してみたのだ。
一生懸命に漕ぎながら、必死になって遠くのほうまでボートを進める。
すると、今まで感じたことのないような気持ちのいい風が吹いてくるので、思わず漕ぐ足を止めた。風が湖の水分を含んでいるのか、心のなかのわだかまりをすべて取り払って、清々しさでいっぱいにするようなその心地よさに、水上と陸上ではこうも感じ方が違うのかとびっくりした。
普段やらないことに挑戦しようなんて気分にさせてくれるのも、旅の良さの1つかもしれない。
さすがに疲れたので、その日は旅館に泊まった。
気持ちのいい朝日が差し込んでくる部屋だったので、飲んでいた三ツ矢サイダーの瓶とともにシャッターを切った一枚だ。
撮影・文 目次ほたる